血で空を飛ぶ魔女たち


・魔女は呪文ではなく血で空を飛ぶ  

 

 あなたは、スランプに陥ったらどうしますか?

 お祓いするのも、飲みに行くのもいいですが、物語なら「魔女の宅急便」(角野栄子著)でしょう。

 主人公の魔女キキは、突然、魔法の力を失うスランプになり、ほうきを使って空を飛ぶことができなくなってしまいます。空を飛べない宅急便に注文する客などいません。大切なほうきを折ってしまい落ち込むキキに、森の絵描きウルスラが諭します。

「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて描きまくる」

 それでも、立ち直れなかったら、

「描くのをやめる。何もしない」そうするうちに、

「急に描きたくなる」それは、

「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血。神様か誰かがくれた力なんだよね。おかげで苦労もするけどさ」

 誰でも魔女や絵描きやパン職人になれるわけではありません。私にも、あなたにも、神様か誰かに与えられた血が流れています。

 スランプだと感じたら、自分の力を信じましょう。

 キキは、ウルスラの言葉で少しずつ自信を取り戻します。そして、暴走した飛行船「自由の冒険号」に連れ去られた友人トンボを助けようとしたとき、キキは再び魔法の力を取り戻し、ほうきならぬデッキブラシを使って、間一髪のところでトンボを救ったのです。

 めでたし、めでたし。

 映画はここでおしまいですが、キキの物語には続きがあります。キキは遠くの大学に進学したトンボと遠距離恋・・・(以下、省略)

 魔女は呪文ではなく血で空を飛ぶ。幼い日、夢を叶えてくれた神様に代わって、誰かが与えてくれた血と力によって、大人は軌跡を起こす。人生は軌跡の連続だということを、私は、魔女と絵描きとパン職人から学んだのです。

 魔法使いの子どもや学校が登場するハリーポッタの世界は面白い。しかし、ヒトによる創作です。グリム童話も同じだと思っている方は、ここで、この世界から退出することを強くお勧めします。 

グリム童話の世界


 グリム童話の中でも最恐の魔女が「ヨリンデとヨリンゲル」に出てくる魔女です。この魔女は美しい娘を拉致しては小鳥に変え、お城に閉じ込めていました。

 その数が数千といいますから恐ろしい。

 恋人同士のヨリンデ(娘)とヨリンゲル(若者)は森の中で道に迷い、この魔女の住むお城に近づいてしまいます。物語は、小鳥にされたヨリンデをヨリンゲルが救出するというものですが、こんな魔女にも、キキのような子ども時代があったのでしょうか?

 グリム童話の正式名は「子どもたちと家庭のメルヘン集」。メルヘン(昔話)を集めたものであり創作童話ではありません。出版元の思惑から、当時の主たる購買層である富裕市民の道徳観に合わせ、残酷な描写や性的な部分が削除され表現も子ども向けに改められたのです。

  白雪姫に毒リンゴを飲ませた魔女は白雪姫の継母である王女ということになっていますが、原作では実母です。つまり「実子殺し」。王女は最後、白雪姫と王子の結婚式で、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、命尽きるまで踊らされます。つまり「実親殺し」。

 メルヘンにこうした裏のあることを、私は大人になってから知りました。知らなくてよかったことは他にもたくさんあります・・・(以下、省略)

 白雪姫の王女を除き、魔女の多くは、ひっそりと森の奥に住んでいます。ヨリンデもヨリンゲルも、森の中のお城に魔女が住んでいることを知っていましたし、お城から100歩以内に近づいてはいけないという「警告」も承知していました。

 これは、「カリギュラ効果」です。あなたも「入ってはいけない」という警告を無視して、ここに入ってきましたね。入りたくなりましたね。ヨリンデが小鳥に変えられたのも二人の自己責任なのです。

 魔女たちの最期を想像してみてください。

 童話の墓場は1丁目1番地~7番地に、エッセイの墓場は3丁目1~4番地にあります。

 迷子にならないよう、ご注意ください。