童話の墓場 1丁目3番地


■百科事典のひみつ■

 「あしたの朝、郵便局の角の信号をわたるとき、赤信号を無視して走ってくるオートバイがあります。きけんです。注意して横断してください」

と、メモに書いてありました。

 次の日、ぼくの目の前で、事故は起きました。

 ぼくは、メモのおかげで助かったのです。

 ぼくは、図書室へ急ぎました。

 図書室の奥にある百科事典は、ぼくのお気に入りです。古めかしく分厚いけれど、何か知りたいことを調べるのではなく、「あ」から順に読んでいると、調べるだけでは見つからない意外なものを発見できるからです。

 図書室には、係の先生と数人の子どもがいました。

「健太くん、今日も百科事典?」

と、先生が言いました。

「うん」

「何を熱心に調べてるの?」

「いいえ、何も」

(本当に、何も調べていないのだ)

 百科事典にメモがはさんであるのを見つけたのは、半年くらい前のことでした。

 メモには、こう書いてありました。

「わたしは、六年生。三年後のあなたです。信じられないでしょうが、あなたは、あした、算数のテストで0点を取ります。信じることができたら、ご返事ください」

 次の日、算数のテストが返されました。

 本当に0点でした。(どうして?)

 答案用紙に名前を書きわすれたのです。

 先生は、ぼくにそっと言いました。

「もうすぐ、四年生なんだから。しっかりしなさい。そういうわけで、今日は、0点」

(きびしすぎる~)

 クラスの中で0点なのは、ぼくだけだったにちがいありません。(本当は、八十点だったのに)

 ぼくは、メモに、

「どうして、0点だってわかったのか、教えてください」と書いて、百科事典にはさんでおきました。

 次の日、返事が来ました。

「わたしが、未来のあなただからです。小学校に入って0点をとったのは二回目なので、よく覚えています」

 一回目は二年生の時でした。

(泣きながら家へ帰ったんだっけ)

 返事には続きがありました。

「あした、あなたは友だちと広場でサッカーをするでしょう。となりの配送センターの中にボールをけってしまいますが、ぜったいに、へいを乗りこえて、拾いに行ってはいけません」

(センターの入口にいるおじさん、こわそうだけど)

 メモには、続けて、

「へいから落ちて、大けがをして一カ月以上も入院することになります」と、書いてありました。

 次の日、友だちにさそわれて、ぼくは広場でサッカーをしていました。ぼくのけったボールが、大きく左にそれて、へいを飛びこえていきました。いつもなら、へいを乗りこえてボールを拾いに行くところです。

 しかし、ぼくは、あのメモのことを思い出しました。 

 そして、あのオートバイ事故のことも思い出したのです。ぼくは、広場を出て遠回りし、配送センターの入口に立っているおじさんに、おそるおそる言いました。

「ボールを拾わせてください」

 ボールは、二十メートルほど先にころがっていました。

「ああ、いいとも。いいや、車が通るところだから、わしが拾ってきてあげよう」

 そう言うと、おじさんはボールを拾ってきてくれました。

「ありがとうございます」

 ぼくが、お礼を言うと、

「先週、へいから落ちた子がいてね。大けがして救急車で運ばれたんだ。そこで、広場を管理する町と会社が話し合って、なんでも、防球ネットを張ることになったそうだよ」と、おじさんは言いました。

(メモの相手は、本当に未来の自分なのかもしれない)

 ぼくは、いいことを思いつきました。

「来週の月曜日の国語の試験に出る問題は、『ごんぎつね』からですか?それとも『一つの花』からですか?」

 ぼくは、図書室に行って百科事典を開き、このメモをはさみました。

 次の日、返事が来ました。

「『ごんぎつね』からです」

 予想が当たったので、ぼくは百点を取ることができました。

 これをくり返して、ぼくの成績は上がりました。

 でも、なんだか、気持ちよくありません。

 思い切って、ぼくはメモにこう書きました。

「ぼくの未来、つまり、あなたはどんな人になってるの?」

 すると、返事が来ました。

「あなたのおかげで、交通事故にもあわず、へいから落ちて大けがをすることもなく、元気です。でも、六年生なのに逆上がりができません」

 次の日から、ぼくは鉄ぼうの練習を始めました。本当に未来の自分が変わるのか、試してみたかったからです。すると、返事が来ました。

「あなたのおかげで、逆上がりができるようになりました。ありがとう」

 ぼくも、しばらく練習してできるようになりました。

 ぼくは、メモに書きました。

「ほかに、こまっていることはありませんか?」

 すると、返事が来ました。

「靴ひもの、ちょうちょう結びができません」

 ぼくは、お母さんに教わり、何度も、何度も練習しました。すると、返事がきました。

「あなたのおかげで、靴ひもの、ちょうちょう結びができるようになりました。ありがとう」

「ツメをかむクセが直りません」

 ぼくは、『ツメをかまない』と手のひらに書いて、かむのをがまんしました。すると、返事が来ました。

「ツメをかむクセがなくなりました。ありがとう」

 ぼくは、未来の自分にできないことが、どんどんできるようになって、うれしくなりました。

 ある日、こんなメモが入っていました。

「気になる子がいます。その子の苦手な理科を教えてあげたいのですが、できません」

 ぼくは、がんばって理科の勉強をしました。

 すると、返事が来ました。

「気になる子といっしょに、理科の勉強ができるようになりました」

 ぼくは、自分の力で未来の自分を変えることが楽しくなりました。

 そんなやりとりが続いたある日。ぼくは、未来の自分が、いつまでも六年生のままでいることに気づきました。そこで、メモにこう書きました。

「あなたは六年生から大きくなりませんが、それは、ぼくが六年生で死んでしまうということですか?」

 すると、返事が来ました。

「いいえ、そうではありません。あなたが六年生になって、小学校を卒業するとき、わたしと同じ年になって、この文通が終わるからです」

(そういうことなら、文通が終わるまでの間に、未来を変えなくちゃ)

 ぼくは、メモにこう書きました。

「あなたのこまりごとを全部、教えてください」

 その日から、ぼくは、未来の自分のこまりごとを、ひとつずつ解決していきました。

 そして、ついに、小学校を卒業する日が来たのです。

「あなたのおかげで、できないことがたくさんできるようになりました。ありがとうございました」

 ぼくは、最後のメモにこう返事を書きました。

「あなたのおかげで、一日一日を大切に生きることができました。本当に、ありがとう」

 * * *

 小学校を卒業する日まで、残り百十日。

 六年生のわたしは、いつものように図書室に行きました。図書室のおくにある百科事典は、わたしのお気に入りです。古めかしく分厚いけれど、何か知りたいことを調べるのではなく、「あ」から順に読んでいると、調べるだけでは見つからない、意外なものを発見できるからです。

 すると、次のように書かれたメモを見つけました。

「この百科事典にメモをはさむと、三年前のあなたと文通することができます。

 試しに、三年前に起こったできごとをメモして、このページにはさんでください。

 返事が来たら、必ず、返事を書いてあげてください。

 三年前のあなたは、一日に十日ずつ、年を取ります。百十日目、三年前のあなたが、あなたの年に追い付いた日に、この文通は終わります。

 ただし、このヒミツがほかの人に知られてしまうと、この文通はできなくなります。ご注意ください」

                   おしまい

■お墓に入った理由

 時間の経過する速さが違う自分と未来の自分。10倍の速度差を理解しないといけないところが、理屈っぽい。自分が未来の自分に追いついて文通が終わり、物語もおわりますが、そのあと、未来の自分が回想するシーンが分かりにくい。 いったい、どっちの自分なんだ?

童話の墓場 1丁目2番地


■青色の運動靴■

 ぼくは、運動会が大きらいだ。

 徒競走(五十メートル走)では、いつもビリ。同じクラスの男子の中で、ぼくよりおそい子は、友部君と市原君の二人だけ。同じ組で走らない限り、ぼくはいつもビリだ。

 算数や国語に一番、二番という順位はない。それなのに、徒競走では一番、二番、・・・ビリに分けられてしまう。しかも、母さんや大勢の人の前ではずかしい思いをしなければならない。そんな運動会が、ぼくはどうしても好きになれなかった。

 秋の運動会が、一週間後の日曜日にせまっていた。

「お母さん、来週の運動会、来るの?」

「どうして?」

「う~ん。仕事忙しかったら、無理しなくて来なくていいから」

「もちろん、お弁当持って応援に行くわ」

「そう・・」

 ぼくは考えた。

(雨がふって、運動会が中止になるといいな)

(運動会の日、病気になれば欠席できるのに)

 しかし、どれも、自分ががんばってできるものではない。ぼくは、母さんに言った。

「新しい運動靴、買っておくれよ」

「どうして?」

「足が大きくなって、つま先にあながあきそうなんだ」

「まだ、だいじょうぶって言ってたじゃない」

「これじゃ、運動会で走ることもできないよ」

「しょうがないわね」

「運動会、お休みしてもいい?」

「だめよ・・」

「お母さんは、ぼくがビリではずかしくないの?」

「お母さんは、健太ががんばって走っているすがたが見たいのよ。順番なんてどうでもいいの」

「えー」

 母さんにいいところ見せたいけど、今年も、ぜったいビリだ。

 火曜日、学校から帰ると、げんかんに見たことのない運動靴がそろえてあった。

「ただいま。だれかお客さん?」

「どうして?」

「靴、あったから」

「いいえ、あれはあなたの靴よ」

 その青色の運動靴が新品でないことは、すぐにわかった。

「新しいのはね、靴ずれするでしょう。はきならした靴の方がいいのよ」

(それは、皮靴の場合でしょう?)

「はいてみたら・・・あら、ぴったりね」

(まだ、はいてないのに・・・合わなかったら、足を靴に合わせなさいって、言うつもりだったんでしょう?)

 ぼくは、あなのあいた靴よりましなので、次の日から、その青色の運動靴をはいていくことにした。

 水曜日の体育の授業は、徒競走の練習だった。

(徒競走に、練習なんて必要なの?)

 しばらくして、ぼくの組の順番がきた。友部君も市原君もちがう組だから、走っても走らなくても、ぼくのビリは決まっていた。

「位置について・・よーい・ドン!」

 いつものようにとなりのコースの子、そのとなりのコースの子が勢いよく飛び出していく。それを見て、ぼくもスタートした。

 しかし、すぐに気付いた。今日は、いつもとちがう。

 となりのコースの子も、そのとなりのコースの子も、まるでスローモーションを見ているように、ゆっくり走っている。

 ぼくは後から追いかける。いつもはどんどんはなされるのに、今日はどんどん近づいていく。そして、もう少しで追いつきそうになったとき、ゴールに着いた。

「健太、こんなに速く走れるようになったのか。もう少しで一番だったぞ。最後、ちから、ぬいただろう」

 先生が言った。

 先生の言うようにぼくにはよゆうがあった。あと十メートルあったら、まちがいなく一番になっていた。

「健太くん、すごかったね」と友部君が言った。

「健太くん、どうしたら速く走れるようになるの?教えてよ」と市原君が言った。

 この日から、ぼくは走ることが好きになった。体育の授業も先生も好きになった。学校も好きになった。

 でも、青色の靴のヒミツを守るため、学校では全力で走らないようにした。そのかわり子どものいない土手のランニングコースを走った。全力を出さなくても、大人のランナーを軽く追いぬくことができた。体中から力がわき出てくるようで、とても気持ちよかった。

 ぼくは走ることが楽しくなった。いつまでも走っていたかった。そして、運動会が早く来ないか、待ち遠しくなった。

 母さんが言った。

「今日も、走ってきたの?」

「うん、走るのがおもしろくて」

(いったい、この子はどうしたんだろうね)

 金曜日は、運動会の予行演習だった。

(早く徒競走の練習にならないかな~)

 ぼくの組の順番がきた。

「位置について・・よーい・ドン!」

 いつものようにとなりのコースの子、そのとなりのコースの子が勢いよく飛び出していく。それを見て、ぼくもスタートした。

 ぼくは、青色の靴のヒミツがばれないように、ゆっくり走り、先頭の子をぬかずに二番になった。二番になったので、日曜日の本番ではいつもより速い子のいる組で走ることになった。

 家に帰ったぼくは、母さんに言った。

「お母さん、今日は二番だったけど、本番ではぜったい、一番になるよ」

「えー、新しい靴のおかげ?無理しなくていいのよ」

「そうじゃないよ」

 土曜日。朝ごはんの後、天気もいいので、土手のランニングコースをひと走りしようとすると、げんかんに新品の運動靴がそろえてあった。

 あわてて、ぼくは大声で言った。

「お母さん、ぼくのはいてた、あの青色の靴は?」

「明日、一等賞とるんでしょう?新しい靴、ほしがってたから、取りかえたのよ」

「そうじゃなくて、ぼくの、あの靴はどこにあるの?」

「あらってほしておいたけど、なーい?」

「ないよ」

 ぼくは、必死になって、家中をくまなくさがした。何度も何度もさがした。しかし、どうしてもあの青色の靴は見つからなかった。ぼくは、急に心配になった。

(ぼくが速く走れるのは、あの靴のおかげ?)

 心配で、心配で、結局、新品の運動靴をはくことができなかった。

「どうしたの?新しい靴で走ってこないの?」

「・・・」

「おかしな子ね」

(明日、雨になるといいな)

 日曜日、昨日と同じ青空が広がっていた。

 ぼくは、母さんに買ってもらった新品の運動靴をはいて運動会に向かった。

(健太のやつ、新しい靴で一等賞とる気だよ)

 ぼくの新品の靴を見て、みんな、そう言っているように思えた。そして、ついに徒競走の順番がきた。

「位置について・・よーい・ドン!」

 いつものようにとなりのコースの子、そのとなりのコースの子が勢いよく飛び出していく。出おくれたぼくが後から追いかける。しかし、今日はどんなに追いかけても、追いかけても、どんどんはなされて、ぼくは最初から最後までビリだった。ゴールしたあと、ぼくはトイレにかけこんで泣いた。

「健太、どこか具合でも悪かったのか?」

 先生が言った。

「健太くん、残念だったね」

 友部君が言った。

「健太くん、また、いっしょに走ろうよ」

 市原君が言った。

 家に帰ったぼくは、母さんに言った。

「お母さん、ごめんなさい」

「いいのよ、お母さんは健太ががんばって走っているすがたを見ることができて、幸せだったわ」

「でも、ビリだったよ」

「順番なんてどうでもいいの。たとえ、あなたが一番になっても、もっと早い人がどこかにいるわ」

 今も、あの青色の運動靴は見つかっていない。しかし、あの日から、ぼくは走り続けている。

 一番になるためじゃない。

 先生や友達のためでもない。

 母さんに喜んでもらうためでもない。

 あの日の気持ちよさがわすれられないからだ。

 * * *

 運動会の一週間前、靴屋の店先に、二足の青色の運動靴がならべられていた。

 よく見ると、こんな注意書きが付いている。

一、練習用の靴は無料です、本番の前日にあらってお返しください。

一、本番用の靴は、練習用の靴をお返しいただいた後、使用できます。

一、必ず、セットでお求めください。

「おもしろいわね。この靴、健太のサイズにぴったりだわ。これくださいな」

 それは、健太の母だった。       おしまい

■お墓に入った理由

 子どものころ、欲しかった魔法の靴を表現してみました。単純すぎた?あの靴がどこに行ったのか、さらに物語の先があるとよかったかもしれません。